きゅーてー!!!

病むのはやめた!!!

とある転売ヤーについて

俺も転売ヤーとして活動を始めて早5年。

そろそろ転売のプロを名乗ってもよい頃だろう。

 

いくつもの修羅場をくぐり抜け、

今や転売ヤーとして

莫大な収益をあげている俺でも

活動の中で絶対に守っているルールがある。

 

それは

 

「上限より多くの商品を買わないこと」

 

商品の仕入れ先となる店の中には

一人が購入する数に上限を設けている所も

数多く存在する。

 

一つでも多くの商品を仕入れたい我々転売ヤーにとっては

これは忌むべき制約である。

できることなら一か所で

予算いっぱいの商品を仕入れたい、

転売ヤーの誰もがそう願う。

次の店に行っては既に商品が売り切れているかもしれないからな。

あと単純にめんどくさい。

 

故に転売ヤーはこの制約を

如何にしてバレずに破るか、

ということに労力をかける者ばかりだ。

 

 

例にもれず、俺もその一人であった。

 

忘れもしない、あのゲーム機の発売日を迎えるまでは……。

 

 

その日は朝7時から某家電量販店の前に並んだ。

吐く息は白く、頭上には雲一つない青空が広がっていた。

 

開店3時間前だというのに

既に多くの人々が列をなしている。

徹夜組も多いのだろうか。

そうこうしているうちに後ろにも列は伸び続ける。

 

(よし、これならいける……。)

 

人の多い今回の仕入れでは、

どさくさに紛れることで、

店が設ける上限より

多くの商品が仕入れられそうだと思った。

今回、店の指定する上限は2台。

俺はソロ出陣なので目標は4台、

あわよくば5台の仕入れを目論んでいた。

 

「すみません」

 

と、そんな計画を立てていると前に並ぶ、

同い年くらいだろうか、

男性に声をかけられた。

 

「なんでしょう」

 

つとめて、優しい声で返事をした。

 

「あなたも、仕入れか?」

 

なるほど、この男性も同類らしい。

 

「ええ、そうですが」

 

再び返事をした。

同類と分かったので

今度は投げやりに返事をした。

なんか相手もタメ口だしいいだろう。

 

「いくつ仕入れる予定?」

 

なるほど、高度な情報戦、といったところですか。

 

「私は4台ほどを目標に……」

 

「あっはっは!少ないね!私は10台いくよ!」

 

……は?

なんだよその高笑い見てる方が恥ずかしい。

 

「あの、上限は2台ですよ?今日はおひとりですよね?」

 

「4台いこうとしてるあなたが言える?」

 

「いや、数が大きすぎると悪目立ちしますよ?

 というか、そんなに運べる用意してるようには……」

 

「大丈夫、大丈夫!」

 

「はあ」

 

彼にどこかただならぬ雰囲気を感じ取った俺は

その後、さり気なく会話を切り上げ、

黙って列に並びなおした。

 

気温が上がってきているのを感じてきたころ、

店の入り口の方がざわつき始めた。

どうやら列が動き始めたらしい。

 

店内に人がなだれ込んでいく。

店内では怒号が飛び交っていた。

これは尋常ではない。

なかなか見ない光景である。

 

この状況に対し、考えられる原因は三つ。

 

一つ目は店側が人の捌き方を心得ていないこと。

しかしこれはあり得ない。

大手の家電量販店だ。

大勢の客の流れを作るのは手慣れているはずだ。

 

二つ目は厄介な客が混ざっていること。

 

三つ目は店側の対応が厳しいこと。

 

今回は恐らく二つ目と三つ目のハイブリッド型であろう。

三つ目が察知された場合、

上限より多く買うのは控えるのがセオリーだ。

今回は大人しく諦めよう。

 

「私何も悪いことしてないよ!」

 

突然、目の前に大声の発生源が現れた。

 

「ですから、おひとり様2台まででお願いしていると……」

 

「私悪くない!買う!」

 

……めんどくさいことには巻き込まれたくない。

俺は、10台も買おうとしている大バカ者と、

その相手を強いられている店員を避けて、

ゲーム機の箱が積み上げられている山から

2台を両手で抱えて、レジへと向かった。

 

俺がレジに並び、会計を済ますまでの間、

騒がしい店内でもひと際目立つほどの一つの怒声が、

後方で延々と鳴っていた。

 

(さて、帰るか……)

 

「「うわあ!」」

 

ひと仕事終えた俺の耳に、

複数人の驚く声が飛び込んできた。

 

声の方の様子をうかがう。

人だかりで中々見えず、

一人の男性を二人の店員が抑え込んでいる、

と分かったのは店を出てからだった。

 

入り口のガラス扉越しによく見てみた。

抑え込まれているのはやはりあの大バカ者だ。

必死に何かを叫んでいる。

やはり関わらなくて正解であった。

 

大バカ者が抑えられている傍で、

もう一人の店員がインカムで何やら連絡をしている。

 

まもなくして、複数の警察官が、一人の店員とともに、

店の入り口までやってきた。

近くの交番等から来たのだろうか、

詳細は分からないが、あれのお世話をこれからするのだろう。

 

「私何も悪いことしてないよ!」

 

「はいはい、悪いことしてない人はこっちねこっち」

 

「ありがと警察さん!」

 

のんきなやつである。

 

こうして、とある転売ヤーは警察に連れていかれた……。

 

 

もし俺が判断を誤っていたら……

あそこで連れられているのは俺だったのだろうか。

そう考えるだけで寒気がするのだ。

いや、店員に言われたことに従えば大丈夫、

そんなことは分かっている。

そして、別に彼に前科がついたわけではないだろう。

いまも元気に生きているだろう。

 

だが、そんなことは関係ないのだ。

 

俺はこわい。

うまく説明できないのだが、

あの光景を直接見てしまったら、

上限以上に商品を買おうとする

なんてことはもうできない。

 

あれと同じにはなりたくない……。

 

俺は今日も上限いっぱいで商品を仕入れる。

 

 

 

※これはフィクションよ